函館地方裁判所 昭和25年(ワ)613号 判決
原告 水口忠一
被告 水口たか
一、主 文
一、亡水口忠三郎(改名前は禎也)が昭和十五年一月二十三日函館市長に対する届出によつてした函館市豊川町七番地の八戸主亡水口忠三郎(改名前は六三郎)の家督相続はこれを原告に回復する。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
(一) 原告は亡水口六三郎(明治三年一月十日生、大正十五年一月二十三日初代忠三郎を襲名して二代目忠三郎となる。以下六三郎という)の長男であつて、昭和十四年十一月三十日戸主六三郎の死亡によつて同人の推定家督相続人として家督相続をしたものである。
(二) そこで右六三郎の死亡届をしようとしたが、これよりさき、原告がその妻である被告たかと戸主六三郎の同意を得ずに婚姻をしたという理由で昭和十四年六月二十九日離籍届が提出してあつたため相続届をすることができず、原告の長男禎也(大正十五年六月二十八日生、昭和二十三年五月十二日同じく忠三郎を襲名して三代目忠三郎となる。以下禎也という)が代襲により六三郎の家督を相続したものとして昭和十五年一月二十三日その旨函館市長に対して届出た。
(三) しかしながら原告と被告が昭和十四年五月九日婚姻届をしたのは六三郎の申出によつたものであつて同意を得なかつたという事実はないので、調査したところ、原告の継母水口サダが原告の家督相続をするのを嫌い戸主六三郎の名義を勝手に使用して前記離籍届を提出したものであることが判明した。
従つて右偽造の届書による原告の離籍は無効であつて、原告は依然として六三郎の推定家督相続人の地位にあつたものであり戸主六三郎の死亡により当然同人の家督相続をしたものである。
(四) それで原告は戸籍の訂正を求めるため函館市役所戸籍係に問いただしたところ新戸主となつた禎也が成年に達するまでは訂正の手続ができないといわれ、その後同人が成年に達した頃は戦争の最中であり且原告も禎也も共に病気をしていた関係から右手続も延び延びになつているうち禎也は昭和二十四年三月二日死亡してしまつた。
(五) 昭和二十三年法律第二六〇号で民法の一部が改正(以下新法という)され家督相続制度は廃止となつたが原告の前記家督相続の開始はいわゆる応急措置法施行前に属するので新法の附則第二十五条第一項により従前の民法が適用される結果いまなお家督相続の回復請求は許されるところ亡禎也には配偶者及び直系卑属がないので一応形式的には同人の父母である原告及び被告で同人に属した一切の遺産を相続したものであるが父である忠一は原告であるから本件では残る相続人である母たかを被告として前記家督相続の回復を求める。
ため本訴に及んだ次第である。
被告は原告の請求を棄却する旨の判決を求め、原告の主張事実は全部認めると答えた。
<立証省略>
三、理 由
原告の主張事実は被告の総て認めて争わないところである。
右事実によると亡水口六三郎が凾館市長に対してした原告の離籍届は原告の継母にあたる水口サダが原告の家督相続をすることを嫌つて戸主六三郎の名義を無断使用して届出たものであつて戸主六三郎の意思によらないものであることが明らかであるから法律上無効のものというのほかなく、従つて、原告は右離籍届出にかかわらず依然亡六三郎の家籍にあつたものであるから、六三郎の死亡した昭和十四年十一月三十日当時、原告が六三郎から家督相続人たる地位を廃除されていたとかその他相続権を失つていない限り六三郎の推定家督相続人として戸主たる同人の有した一切の権利義務を相続したものというべきであり、従つてまた右六三郎の代襲家督相続人としてなされた亡禎也の家督相続は当然無効であるといわなければならない。
しかして原告の家督相続は右のように昭和二十二年法律第七十四号応急措置法施行前の昭和十四年十一月三十日開始したものであるから新法附則第二十五条により旧法の適用を受ける結果今なお亡六三郎の正当な相続人として家督相続回復請求権を有するものであることは明らかであるが、表見家督相続人であつた禎也は新法施行後の昭和二十四年三月二日死亡したため同人の家督相続人はもちろんあり得ない。そこでかような場合家督相続回復請求をなすべき正当な当事者は何人であるかについて考えてみる。
一体真正な家督相続人がその相続回復請求権を行使すべき相手方は相続権がないにもかかわらず相続の効果である身分もしくは財産を保存するいわゆる表見家督相続人でなければならないのに、本件では表見家督相続人であつた禎也はすでに死亡し、しかもその死亡時には新法が施行されていた関係上同人の家督相続人というものは存在しないので観念上は同人の遺産相続人が存在するのみである。かような場合には右表見上の遺産相続人を共同被告とし家督相続回復請求権を行使すべきものと解すべきである。なぜならば元来家督相続人は前戸主の有した身分上及び財産上の権利義務を包括的に承継するものであるが新法のもとにおいては家督相続制度の廃止により戸主権に附随する身分上の権利義務は相続の対象とはならないからこれを侵害することは不可能であるが、なお前記表見遺産相続人によつて財産上の相続権を侵害されているからである。以上の見解に従つて本件をみると、前記禎也にはその死亡のときに配偶者も直系卑属もなかつたものであるから表見上は同人の父母であつた原被告両名で同人に属した遺産を共同で相続したものであるが共同相続人の一人はすなわち原告であるから自己の権利を侵害する余地はなく、結局他の一人である母の被告たかを被告とするのほかなく、同人を被告とした原告の本件家督相続回復請求は結局正当であるとしなければならない。
以上の次第で原告の本訴請求はその理由あるものと認めるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岩崎善四郎)